大判例

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東京高等裁判所 昭和39年(ネ)1421号 判決 1968年11月27日

控訴人 藤野寿恵子

被控訴人 武井久 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。静岡地方裁判所沼津支部が昭和三六年五月二五日被控訴人武井久と被控訴人検察官との間の同庁昭和三五年(タ)第九号認知請求事件について言い渡した判決はこれを取り消す。被控訴人武井久の被控訴人検察官に対する本訴請求を棄却する。本訴及び再審第一、二審の訴訟費用は被控訴人武井久の負担とする。」との判決を求め、被控訴人武井久代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

右当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、控訴代理人において、

前訴訟の確定判決(請求の趣旨掲記の認知の確定判決を指す。以下同じ。)は、利害関係人たる控訴人の関与なしに行なわれたものであるから、憲法三二条及び二九条に違反して当然無効である。

仮りに、民訴法所定の再審手続によらなければ前訴訟の確定判決の取消しを求めることが許されないとしても、控訴人がその主張にかかる各再審事由を知つたのは、控訴人において熱海市長から被控訴人武井久の戸籍謄本の交付を受けた昭和三六年七月二五日であり、また、右被控訴人は、前訴訟の確定判決に基づき昭和三八年一一月一八日東京法務局文京出張所受付第九二九三号をもつて控訴人の亡父藤野宗一の遺産たる東京都文京区指ケ谷町一四六番の六四宅地及び同所所在家屋番号同町六九番二階建居宅一棟につき一五分の二の持分を相続によつて取得した旨の登記を経由し、現に、控訴人の相続権を侵害しているので、控訴人の本件再審の訴は適法である。

被控訴人武井久は、勝呂正義と勝呂弘子(両名は、現在法律上の夫婦である。)との間に出生したものであつて、藤野宗一の子ではない。

証拠<省略>

被控訴人武井久代理人において、

原判決四枚目裏六行目に「同第五号証の一ないし九」とあるのは、「同第五ないし第九号証」の誤記であるから、右のように訂正する。

控訴人の当審におけるあらたな主張事実は、すべて否認する。

証拠<省略>

と述べたほか、原判決の事実摘示と同一であるので、ここにこれを引用する。

なお、被控訴人検察官は、適式の呼出しを受けながら、本件口頭弁論期日に出頭しなかつた。

理由

成立に争いのない甲第一八号証の一及び甲第二八号証によれば、被控訴人武井久は、さきに静岡地方検察庁沼津支部検察官福田源一郎を被告として静岡地方裁判所沼津支部に同被控訴人が本籍東京都文京区指ケ谷町一四六番地亡藤野宗一(昭和三二年六月三〇日死亡)の子であるとの認知を求める訴を提起し、同裁判所は、これを昭和三五年(タ)第九号事件として審理した結果、昭和三六年五月二五日同被控訴人勝訴の判決を言い渡し、該判決が同年六月一五日確定したことを認めるのに十分であり、また、控訴人は、昭和一〇年一〇月一六日藤野宗一と養子縁組をしたこと、公文書なるにより真正に成立したものと認める甲第六及び第七号証の各記載に徴して明らかであるから、前訴訟の確定判決について利害関係を有するものというべきである。

ところで本件は、控訴人において右確定判決に対し再審を求めるものであるところ、控訴人が右確定判決における当事者でないことは右に見たとおりであるから、かかる者が再審を求めうるかどうかまず問題である。しかし、民法第七八六条は子その他の利害関係人は認知に対して反対の事実を主張することができる旨規定しているのであつて、右認知が任意になされた後においては利害関係人は認知無効の訴をもつて反対事実の主張をすることができるものと解すべきことは明らかである。これと同様に、認知が判決によつてなされた後においては、右判決に対する不服の方法である再審の訴によつて反対事実の主張をしうるものと解するのが相当である。従つて、控訴人が右に示したような利害関係人である本件においては、控訴人は、右確定判決の当事者でなくても、適法に再審の訴を提起しうることは明らかである。もつとも、控訴人は右民法七八六条の規定を援用して、控訴人は前訴訟の手続に関与しなかつたものであるから、民訴法所定の再審事由の制限に拘束されることなしに右確定判決による認知に対して反対の事実を主張することができる、と主張する。しかし、前訴訟の確定判決は、被控訴人武井久を藤野宗一の子として認知する旨の親子関係事件について言い渡された判決であるから、第三者たる控訴人に対してもその効力を有すること、人事訴訟法三二条一項によつて準用される同法一八条一項の明定するところである。したがつて、かような立場におる控訴人は、前訴訟の手続に関与しなかつたとの一事により右判決の効果を免れるものではないから、明文の定めのない現行法のもとで、民訴法所定の再審事由にかかわりなくなんどきでも右判決の効力を争いうるものと解することは合理的でなく、これを争う方法は、一に訴訟法の定める方式にのみ限定され、結局、再審手続によるのでなければ右確定判決による認知に対して反対の事実を主張し得ないものと解するのが、右民法の規定と訴訟法とを最もよく調和せしめるゆえんであるというべきである(最高裁判所昭和二八年六月二六日第二小法廷判決、民集七巻六号七八七頁参照)。そして、かように解釈したからといつて、判決の効力を受ける第三者には、右のごとく該判決に対して再審の訴を提起し得る途が開かれておるのであり、また、憲法は、三二条において保障する「裁判」を受けるべき裁判所の組織、権限、審級、出訴の方法等に関しては八一条のほか何らの制約をも設けることなく、もつぱらそれらを法律の定めるところに任かしているのであるから、人事訴訟法一八条一項の規定はもとより控訴人の関与なしに行なわれた前訴訟の確定判決が憲法三二条、ひいては同法二九条に違反するものとはいい得ない。それ故、控訴人の違憲の主張は、採用のかぎりでない。

そこで、控訴人主張の再審事由の適否について判断する。

控訴人は、再審の事由として、右確定判決は宣誓した被控訴人武井久の法定代理人勝呂弘子の同被控訴人が藤野宗一の子である旨の虚偽の陳述を証拠としてなされたものであるとして、民訴法四二〇条一項七号該当の事由を主張する。しかし、右虚偽の陳述につき、過料の確定裁判があつたことまたは証拠の欠缺以外の理由によつて過料の確定裁判を得ることができなかつたことは、控訴人において主張・立証しないところであるから控訴人の右主張は、不適法というべきである。

また、控訴人は、前訴訟の確定判決の証拠となつた被控訴人武井久の除籍謄本は、藤野宗一が関係人らと共謀して戸籍吏に対し同被控訴人が藤野宗一と武井さわとの間に出生した旨虚偽の届出をしたことによつて作成された偽造文書であるから、同判決には民訴法四二〇条一項六号該当の再審事由があり、右藤野宗一の犯罪行為に対する公訴の時効は、昭和三二年二月一五日満五年の経過によつて完成し、かつ、同人はすでに死亡しているので、右事由に基づく本件再審の訴は適法である、と主張する。そして、本件再審の対象たる前訴訟の確定判決(前掲甲第一八号証の一参照)は、本件の被控訴人武井久の除籍謄本その他挙示の証拠に基づき、同被控訴人は、右除籍謄本には藤野宗一と武井さわとの間に出生したものと記載されているが、真実は、宗一とさわの娘勝呂弘子との間に出生したものであり、宗一は、当時さわと内縁関係にあつたところから、世間態を恥じ、同人と婚姻して右被控訴人をさわとの間に出生した嫡出子として届け出、この届出に基づき右除籍謄本に前示の記載がなされるにいたつた事実を確定したうえで、同被控訴人を宗一の子であると認知したこと判文上明らかである。

ところで、民訴法四二〇条一項六号にいう「判決ノ証拠ト為リタル文書」とは、判決の基礎たる事実を認定する資料に供された文書であつて、その記載内容が判決主文に影響を及ぼしたもの、いいかえれば、裁判所がそれを斟酌しなかつたとすれば当該確定判決とは異なる判決をしたであろうとの一応の推論をなし得る関係にあるものであれば足り、それが唯一の証拠資料となつたか、他の証拠方法とともに認定の一資料となつたにすぎないかは、問うところでないと解するのが相当であり、本訴において、右除籍謄本は、前訴訟の裁判所をして認知の請求認容の判決をなさしめる上に与つて力があつたこと明らかであるから、同判決の証拠となつたことは、まさに、所論のとおりであるといわざるを得ない。しかし、本件訴訟にあらわれた全証拠をもつてしても、同被控訴人が藤野宗一の子でないことを認めることができないので、右除籍謄本は、武井さわとの関係においては事実にそわないものであるとしても、判決はしかく正当に判断している点で右文書の表示するとおりの認定をしたわけではないのみならず、藤井宗一に関するかぎりは、右文書は虚偽の申告にかかる偽造文書にも該当しないこと疑いを容れないところである。それ故同条号に基づく控訴人の主張は、理由がないものとして棄却すべきである。

されば、本件再審の訴を排斥した原判決は、正当であるので、本件控訴は、棄却をまぬかれず、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 上野正秋 渡部吉隆)

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